トップ » レポート・出版物 トップ » 研究員レポート・特別報告 » 大和市自治基本条例
−「市民立法」への挑戦−
代表取締役所長 山本 耕平
神奈川県大和市(人口約22万人)は、神奈川県のほぼ中央に位置し、都心から40km圏内という利便性の高さゆえ近年は住宅都市として発展してきた。一方で、市域に厚木基地(506.9ha、うち大和市は118ha)を抱え、騒音問題などが長年の問題となっている。
大和市は平成12年11月に特例市となり、地方分権の推進に積極時に取り組んできた。市政においては市民参加と協働を積極的に進め、平成13年に公募市民による「協働ルール検討会議」を設置して「新しい公共」をコンセプトとする協働の理念や、協働事業の推進などを骨子とした提言をまとめ、14年6月に「新しい公共を創造する市民活動推進条例」(協働条例)を制定している 。自治基本条例は、この協働条例の検討過程で市民から制定の必要性が提起され、平成14年度の市長の施政方針に制定が盛り込まれた。
平成12年の地方分権一括法によって、分権改革は大きく進展した。国と地方自治体とは対等の関係になり、公共政策における自治体の役割はきわめて大きくなったといえる。自治基本条例はこのような流れの中で、自治体の組織運営や活動に関して基本的な事項を定めるもので、自治体の立法(条例)や政策をこの条例にもとづいて体系化、再編していく根拠となる性格のものであることから、「自治体の憲法」ともいわれている。
自治基本条例の嚆矢は、北海道ニセコ町の「まちづくり条例」(12年12月) であるとされ、その後、全国各地で条例制定に向けた動きが出現した。自治基本条例に定型やひな形はなく、これまで制定された条例も様々な内容を含んでいる。おおざっぱに類型化すると、自治創造の基本理念や自治体の運営原則、市民参加手続きなどを網羅的に規定し、他の条例より優位性を規定したいわゆる自治基本条例以外にも、行政運営への市民参加手続きなどに焦点を絞った市民参加条例、自治やまちづくりの理念を定めたまちづくり理念条例、行政の組織や運営について定めた行政運営条例などのタイプがある。
ところで市民が自治体の計画や政策立案の決定過程に参加することは珍しいことではないが、立法の領域に市民が直接参加することは難しい。現状では自治体における立法府である地方議会ですら、自ら条例を立案することは稀である。条例は自治体における法律であるが、あくまで国の法律のもとに定められるものであり、法律との整合性が求められる。したがって条例を立案する立場からは、国の法律を熟知し、国の法解釈を超えない範囲で緻密に条文を組み立てるという職人技が不可欠だという認識がある。自治体の法規担当のレゾンデートルはそこにあると言っても過言ではない。それゆえに条例という身近な法律ですら、市民自身が立法に関与し、条文案まで起草するということ自体がたいへんな仕事である。大和市では公募市民を中心とする「大和市自治基本条例をつくる会」(以下、つくる会)を組織し、市民自身の手で条文案まで起草した。この点からだけでも大和市自治基本条例は、評価されてしかるべきであろう。
このような「市民立法」は、市民参加の理想型と言っても過言ではない。市民立法とは「市民が当該の問題について自主的、主体的に調査研究を行い、その成果を政策作り、法律作りに発展させていくこと」 と定義できる。そしてこれがもっとも発達した形態は、市民自らが法の案文を起草することである。大和市自治基本条例では市民自身が関連法規との整合性までふまえて条文案を起草し(市民案という形だが、実質的にはほぼそのまま最終案として議会に上程された)、議会にまで働きかけて立法趣旨を説明し、成立を期した。このような活動はきわめて稀であると言える。
本稿では市民有志が参集し、白紙の状態からいかにして条文の起草にまで至ったかを、その手法を中心に紹介し、市民参加の大いなる可能性を再確認したいと思う。 なお、筆者はこの一連の過程に「ファシリテーター」 して関わった。
まず、最終的に施行された条例の内容を簡単に紹介しておきたい。条例は9章33条で成る。前文は「多様で個性豊かな地域社会を実現していくために」「日本国憲法で保障された地方自治の本旨にのっとり、市民とその信託を受けた市議会、市長との間で、将来にわたり共有すべき考え方や自治を実現していくための仕組みを自ら定めることが必要」だという認識から、「大和市における自治の基本理念を共有し、自治の更なる進展のために自治基本条例を制定」することをうたっている。
「この条例は、市が定める最高規範であり、市は、他の条例の制定及び改廃に当たっては、この条例の内容を尊重し、この条例に適合させなければならない。」と定め、文字通りこの条例に「市の憲法」としての地位を与えている。
ここでは、@参加及び協働の原則、A情報共有原則、B法令の自主解釈、C財政自治の原則、D国・県と対等・協力の原則、の5原則を掲げた。
市民の権利と責務、地域コミュニティに関する規定で、特に地域コミュニティについては行政はその自主性や自立性を尊重すること、という条文が設けられている。
市議会及び議員の責務について規定し、議会の説明責任、応答責任を規定したことが特徴である。
市長及び市職員の責務について規定している。職員はパブリックサーバントとして知識や技能の向上に務めることという規定がある。
執行機関(市役所等)は市民参加を推進し開かれた運営をすること、効率的でわかりやすい組織とすることや、説明責任と応答責任、情報公開、個人情報保護、行政手続き等について規定している。また財政運営について、財政健全性の確保や財政の公表等について規定している。
他の例にはない特筆すべき条文である。ここでは、市長や議会は厚木基地の移転実現に努力すること、基地に由来する問題解決に取り組むことを定めている。
常設の住民投票制度を設けることを規定し、請求の要件や投票権を16歳以上の者とした。この条項はマスコミでも大きな話題になった。
| 大和市自治基本条例の構成 | ||
|---|---|---|
| 目次 | ||
| 前文 | ||
| 第1章 | 総則(第1条−第3条) | |
| 第2章 | 自治の基本原則(第4条−第8条) | |
| 第3章 | 市民 | 第1節 市民(第9条−第11条) |
| 第2節 地域コミュニティ(第12条) | ||
| 第4章 | 市議会(第13条・第14条) | |
| 第5章 | 市長(第15条・第16条) | |
| 第6章 | 行政運営の原則 | 第1節 総合計画(第17条 |
| 第2節 執行機関(第18条−第25条) | ||
| 第3節 財政(第26条−第28条) | ||
| 第7章 | 厚木基地(第29条) | |
| 第8章 | 住民投票(第30条・第31条) | |
| 第9章 | その他(第32条・第33条) | |
| 附則 | ||
筆者はファシリテーターとして、検討過程を4つのステップに分けて積み上げていくというアプローチを提案した。ファシリテーションという計画技法における「プロセス・デザイン」である。各ステップごとに到達目標を設定して、議論がまとまれば次のステップに入るという考えで進め、当初の目標より2か月ほど遅れたものの、ほぼ想定通りに進捗した。
第1段階は「学習・情報の共有」に重点を置きつつ、「自治基本条例とは何か」ということをある程度咀嚼し、検討課題を整理するプロセスである。メンバーのキャリアや知識、市民活動の経験の有無など、バックボーンが様々であるので、まず対等に議論ができるようにするためには、ある程度は知識や情報のレベルがそろっていることが望ましい。そのために議論に入る前に、学習や情報をインプットする時間が不可欠である。市民参加の場では、往々にしてこの時間を十分にとらずに議論に入るケースがあるが、結果として直接的な利害関係者ほど情報量が多いため発言力が増して、他のメンバーとのバランスを失するということが少なくない。この点は十分に配慮しておかなければならないというのが、学習会に時間をかける意味である。
実際には、自治基本条例に関する講義、市長の考えを聞く会、大和市の市政の実情や市議会の現状についての学習会等、時には委員が講師になっての学習会をのべ8回開催した。そして徐々にワークショップなどの手法を取り入れながら、自治基本条例に盛り込むべき項目としてどのようなものがあるかを検討する作業に入っていった。大和市の課題の抽出、めざすべき自治体としての姿の議論から始まり、行政運営のあり方、議会のあり方、市民参加のあり方など個別の項目を整理して、「条例の検討項目」をとりまとめた。これがPIを通して条例の土台となる。
第2段階はパブリックインボルブメント(PI)の展開である。多数の市民と意見交換をすることによって、メンバーそれぞれが個人的に持っている意見が咀嚼され、一般化されることを意図したアプローチである。
実際には、「条例の検討項目」をまとめ、これを市民に広く議論してもらうために、15年6月から自治会、市民活動団体、青少年育成団体、商工団体などの組織・団体や市の職員、議員、高校生などに対してPIを実施した。つくる会では、自治会担当、青少年担当など分担してPIにあたるとともに、「市民キャラバン」と称して、出来るだけ多くの市民に参加してもらえるように市内各地で曜日、時間を変えた会合を開いた。なお、会議の進行もプレゼンテーションもすべて市民委員の手で行われた。8月にはフォーラムを開催し、台風の悪天候の中300人を超える市民が参加して主催者を驚かせた。
最初の「検討項目」には、議論になりそうなテーマがいくつも掲げてあった。そのひとつは「基地問題」である。基地問題のような個別のテーマは自治基本条例にはなじまないという見解もあったが、基地問題を抜きにして大和市の自治は語ることが出来ないという意見もあり、つくる会の中では議論が白熱したテーマである。また住民投票を制度として常設するかどうか、投票権を何歳とするかということも論点の一つであった。また自治組織の位置づけや議会のあり方についても、様々な課題を掲げた。こうした課題を整理し、自治基本条例の条項に盛り込むべきかどうか、掲げた課題以外の論点としてどのようなものがあるかを市民に投げかけ、市民の意見を聞いた上で結論を導いていこうというのがPIのねらいである。
| つくる会が実施したPIの内容 | ||
|---|---|---|
| 対象 | 実施回数 | 備考 |
| 市民キャラバン | 11回 | 誰でも参加できるよう、曜日や時間を変えて開催 |
| 自治会長 | 9回 | 市内を3ブロックに分けて開催 |
| 各種団体 | 16回 | 市民活動団体など、各対象ごとにも開催 |
| 高校生 | 8回 | 市内の高等学校4校で開催 |
| 市職員 | 3回 | 勤務時間終了後、自由参加形式で開催 |
| 市議会議員 | 14回 | 市議会、7会派ごとに開催 |
| フォーラム | 2回 | 条例検討項目段階と素案たたき台段階 |
| PI活動合計 | 63回 | |
第3段階はPIを経て、意見を集約し条例素案にまとめていくプロセスである。PIには約4か月の期間を費やし、市民の様々な意見を整理した上で、条例素案の検討に入った。
ここからは条例の構成と条文化を進めていかなければならない。全体会で大まかな方針を確認した上で、「たたき台作成チーム」というワーキングチームを設けて、最初の案を起草し、それをひとつずつ全体会で議論してまとめていくという方法をとった。委員の間で対立する意見が様々にあり、それをひとつずつ議論して合意を積み上げていくというのは、相当のエネルギーを要する作業であった。
しかしPIによって対立する課題や論点がクリアになり、委員の個人的な見解ではなく市民の意見をバックボーンとして議論することができるようになったために、いくつかの論点をのぞいて大方は収斂し、条例は骨格を得て形が見えるようになってきた。
第4段階は素案を市民にフィードバックし、修正を加えるプロセスである。平成16年1月に素案のたたき台をまとめて発表、広報紙にも掲載してパブリックコメントを求めるとともに、限られた時間であるが再度PIとして市民キャラバンを行うとともに、第2回目のフォーラムを開催して出来るだけ多数の市民の意見を聞く機会を設けた。
素案策定の当初の目標は16年3月であったが、これを延長して5月までとし、PIの終わった後の3月末から4月に最終的な素案づくりに取り組むこととなった。たたき台をベースに、修正や条文のブラッシュアップを行い、5月30日に市長に提出した。
なお、ここまでの道程は1年8か月、つくる会の会議やワーキングチームの集まりは合計で119回、PIが63回。584日間にこれだけの集まりを持ったことになる。
つくる会のミッションは、市民案をとりまとめて市長に提出することで、市長はそれを元に行政内部で検討して市長提案という形で議会に上程されることとなっていた。しかし、ほぼ素案通りの案が庁内でも合意され、実質的に市民素案が市長の案として上程されることになった。
議会では、つくる会が喧々囂々の議論を重ねてようやくまとめた子供の市政への参加について規定した条文があっさり削除されたり、条例の見直しの条項が削除されるなど、いくつかの修正が加えられた。「基地の返還」が実現するように努力するという規定が、「基地の移転」という政治的色彩の強い言葉に修正されるなどしたが、基地に関する規定そのものは否定されず、また住民投票の常設や投票権を16歳以上とすること等、大きな論点となると思われた部分は修正されず、全体としては市民素案がほぼそのまま条例となった。
議会との関係については紙幅の都合で詳細を述べることは出来ないが、条例づくりという議会の権能に深く関係することについて、市民の直接参加が行われたということについて、議会側としてもどのような対応すべきか考えは一致しなかった。議員とも話し合いの場を持ち、積極的なPIを展開した結果まとめられた案について、議会としても大きな修正を加えることはできず、結局は市長に対して一矢報いるという意味での修正が加えられたにすぎないともいえる。
「大和市自治基本条例をつくる会」は、平成14年8月中旬から9月中旬にかけて市民委員を募集し、10月にが発足した。職員メンバーも庁内公募で、35名の市民委員と5名の職員委員、学識経験者委員1名という構成である。学識経験者委員には明治大学政経学部の牛山久仁彦助教授(地方自治)が就任した。ちなみに市民委員は無報酬である。
| 市民 | 35名 | 定員を設けず公募。 市内在住、在勤、在学、在活動で18歳以上 |
|---|---|---|
| 学識経験者 | 1名 | 明治大学政治経済学部 牛山久仁彦助教授 |
| 市職員 | 5名 | 関係各課からの推薦3名、庁内公募2名 |
| ファシリテーター | 1名 | ダイナックス都市環境研究所 山本耕平 会議により他に1〜2名が補佐。 |
| 事務局 | 5名 | 企画部長、分権強化推進担当4名 |
一般に市民参加型の委員会では学識経験者が委員長となり、議論がまとまらない場合は委員長の職責と学識経験者としての権威によって、結論を決することが少なくないが、つくる会では学識経験者も一委員という立場で参加し、会議の進行はファシリテーターが行うという形で進めた。こうした会議手法では、意見が対立した場合のまとめ方が難しい。多数決で決すれば、少数意見の人は常に不満を抱えたままということになりかねない。したがって、原則的には全員が納得するまで何度でも会議を重ねるべきであるというのが、経験上得た結論である。
対立意見の調整や合意形成はファシリテーターの手腕に依存するところが大きいが、行政は議論の成り行きを見守り、性急に結論を求めないことが重要だ。つくる会でも度々緊迫した議論になったが、行政が余計な干渉をしなかったことがポイントの一つである。
つくる会が実施したPIを総括すれば、以下のように特徴づけることができる。
市民参加の正当性を考えるに際して、一体どれだけの人数が集まれば、「ごく一部の市民しか参加していない」という謗りを受けず、市民の代表としてオーソライズされるのか。このことに対する答えの一つがPIである。
自治基本条例は、名実ともに地方分権を実りあるものとしていくための、行政運営のルールを定めるという意味がある。地方自治には、いわゆる団体自治と住民自治の二つの側面があり、前者については市と国や県との関係を対等なものとして位置づけ、法令の自主解釈権などを規定した。後者については市民参加や協働の理念に基づいて市政運営が行われるようなルールを規定した。常設型住民投票制度はその典型であるが、ともすれば形骸化が論議される議会に対しても、アカウンタビリティや情報公開を義務づけた。
また自治基本条例にはなじまないという意見もあった基地問題についても、その解決に向けて市長、議会が取り組むような規定を設けている。このような特徴的な条項は、市民が市民の目線で自治のあり方を模索し、幅広い討議によってまとめあげた結果である。
市民に直接の利害が及ぶ具体的な問題ではなく、自治のあり方というきわめて抽象的で理念的な課題をまったく白紙の状態からまとめ上げることが出来たことは、市民は行政の期待以上に公共的な役割を担うだけの力量を持っていることの証明である。
市民参加による政策形成の最も重要なポイントは、行政が市民の知性、理性、感性を信頼することである。行政は議論の過程における混乱をおそれる傾向があるが、市民を信頼することでそれを乗り越えることが大事だ。そのためには議論の手法や計画的なアプローチが必要である。市民参加の質を高めるためには、こうした社会技術にも目を向ける必要があろう。
「計画行政」第29巻第1号(日本計画行政学会)
[2006.3.15発行]掲載原稿より
**無断転載を禁じます**